考察あれこれ

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愛知県史で『信長公記』首巻を読み直す

あけましておめでとうございます。今年は、太田牛一(おおたうしかづ)の信長公記(信長記)首巻の陽明文庫本(いわゆる陽明本)と天理図書館本(いわゆる天理本)を『愛知県史 資料編14 中世織豊』でまた読み比べてみようと。まず冒頭、「去程尾張国八郡...
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桶狭間前に信長の見た熱田の海岸線を再確認しました

24年11月24日に愛知県埋蔵文化財センターの主催で「いにしえの都市『熱田』2500年の歴史を考える」というシンポジウムが開かれ、そこで京大の山村亜紀先生が「中近世熱田の都市空間史」という講演をされ、16世紀前期の熱田複原図を示されました。...
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東海古城研究会の会報『城』236号(24年11月1日発行)に正光寺砦・氷上砦について寄稿しました

桶狭間の戦いで重要な意味を持つと考える正光寺砦と氷上砦に関して、昨今、存在すら疑わしいという論調が出始めています。それに対して、その戦略的な意味を考えながら「存在」を確認することにしました。正光寺砦とそこにいた将兵が、戦いの前にどうなってい...
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1400年ごろの川筋変更工事で津島湊の規模が大きくなり、信長躍進の原資となった

現在、勝幡にある大きな川は日光川ですが、これは1800年代はじめに開削されたもので、これによって勝幡城跡が破壊されたというのは有名な話です。それ以前の川の流れですが、1300年代までは三宅川は下の図のX印の流路のように南の諸桑(もろくわ)方...