2021年4月16日

地上に降りて燦然と輝く金鯱
どちらの候補者が市長になっても木造建て替え計画は進む?
名古屋市長選が始まりましたが、河村前市長と横井元市議会議長のどちらかが勝つことになりそうです。この二人、名古屋城木造再建問題に関しては、ともに賛成・推進のスタンスです。どちらが勝っても名古屋城が建て替えられることになるのか、現状をわかりやすく整理しておきたいと思います。
まず大前提として、名古屋城は国の特別史跡ですから、建て替え、つまり現状変更を行うためには、所轄の文化庁から許可をもらう必要があります。この許可がもらえないため、この4年間、まったくこの問題は前進していません。なぜ許可が出ないかはあとで説明します。
それから多くの人がわかっていないことですが、現在のコンクリート天守は、昔のように石垣の上には乗っていません。石垣の内側に杭(ケーソンと呼ばれる)を打ち、その上に土台を組んで、コンクリート天守が建っています。木造にする時も石垣を傷めないよう、原則としてこの土台の上に建てることになります。
また名古屋城で本質的な価値を持っているのは、創建当時からの石垣や埋蔵物です。歴史研究者は、この石垣をよく研究し保護することが第一番に重要なこととし、それは文化庁も同意見です。また昨年11月に天守西の空堀の地下から新たな石列が発見されましたが、こうしたものを調査することを、天守再建より先にしなければならないことは、常識としてわかるでしょう。

発見された幻の西小天守に関連する石列? ひとまず埋め戻された
なんと名古屋市は市長の意向に関わらず、避難階段追加を計画中
さてこの事業を始めたのは河村氏ですが、今年1月の天守木造再建市民向け説明会では「元の遺跡の真上に建てること、豊富な資料に基づいて建てること、木造であること」という3つの要素を満たせば「復元」だと発言しています。ただそれは文化庁の基準と合致していません。そして河村氏の場合は、耐震・耐火・バリアフリーといった現代の木造建築物として必要な要件はなんとか回避して、江戸時代のままに建てたい、という姿勢です。とにかく昔のままであること、それ以外は認めない(認めたくない)ようです。
これに対して同じ推進派の横井氏は耐震・耐火・バリアフリー(エレベーター付き)に対応した木造天守として、早く建て替え実現を目指したいとしています。文化庁は「復元」と「復元的整備」という復元に関する2つの基準を出していて、エレベーターや史実にない避難階段をつけることは「復元的整備」とし、復元のやり方として認めています。横井氏はこのあたりの事情を理解しており、「復元的整備」でいくのであれば文化庁の許可が取れるのでは、と考えているようです。
実際のところ、名古屋市の担当者も「復元的整備」でないとできないと思っているようで、今年3月8日の市議会本会議で自民党・浅井正仁市議が、この事業の市側のトップである松雄観光文化交流局長が「市長主導の木造復元ではうまくいかない。私達は11人乗りのエレベーターを検討している」という旨のメールを関係者に送っていたことを明らかにしました。
私も名古屋市にメールで質問しましたが「地震に対する安全性や災害時の避難に要する設備については付加し、大天守の5階から4階には救助袋式避難ハッチを、4階から3階には階段を1か所付加する」「それらは構造を変更することなく、取り外せば昔のままの状態になるようにして文化庁のいう復元基準を達成したい」という返事が来ました。なんと、名古屋市は市長の意向ではないものを作ろうとしていることが判明しました。これで文化庁が許可を出すのかはわかりませんが、河村氏のいう「昔のまま」は無理と、関係者の誰もが考えているようです。
横井氏はこのあたりが理解できており、自分が市長になったら実現できるが、河村氏では無理と考えているのでしょう。もし河村氏が市長になった場合、これまでの自身の方針を貫くのであれば、名古屋城木造再建事業はこれまで通り停滞を続けるでしょう。何らかの政治的な動きでもない限り、今後4年の間に、文化庁が「昔のまま」の復元に許可を出すことは「ありえない」と言い切れます。河村氏は今期で終わりと明言していますので、次の市長がどう考えるかが争点になるでしょう。

金鯱がないとシマラない天守
なぜ文化庁は建て替え許可を出さないのか
なぜ許可はありえないと言えるのか、ですが、まず石垣の調査・保護を優先させなければならないからです。文化庁から出されていた「石垣に関する課題に回答」を「出すための準備ができた」ということを伝えに4月8日、河村市長自らが文化庁を訪れています。このように、まだ文化庁からの宿題に対する回答すら出せていない段階です。しかもこうした宿題を片付けても、復元許可が検討されるわけではなく、さらに文化審議会で審議されなくてはなりません。それにはおそらく石垣の調査・保護の実績を必要とするでしょう。文化審議会にかけられるまでの道のりは、まだまだ長いと言わざるを得ません。
また名古屋市は現在、解体と復元ではなく、現天守の解体先行で進めようとしていますが、関係者からの話では、文化庁は解体と復元計画をセットで考えない限り、許可を出すことはないという考えのようです。私も一番心配することですが、解体してしまって城がない状態で再建もできないというのが一番情けない話です。文化庁もそれを心配しているようです。石垣だけの「名古屋城址」になってしまったら、名古屋の損失は計り知れません。
ということで、横井氏はこのあたりの調整が自分ならできると考えているのでしょう。しかし、本音では木造再建はかなり難しいと考えているようにも思えます。横井氏がどう考えているのかわかりませんが、505億円を超える巨額の経費をどうまかなうかは、新型コロナもあって観光客増加が見込めない現在、白紙状態です。すでに70億円以上のお金が使われていますが、見通しもないまま、さらに数百億円を使うのでしょうか。横井氏の場合、これまで賛成してきた手前、今は木造再建反対となってはいませんが、これ以上深みにはまったあとで、河村氏のいい出した事業の尻拭いなどしたくないのではないでしょうか。

天守と御殿、この風景が残ることが重要(金鯱がないとやはりシマラないが)
建て替えより耐震補強し、調査や整備をすすめるべき
私としては、こんな困難な木造再建はもうやめて、文化庁も価値を認めているコンクリート天守を耐震補強し、博物館機能を強化するリフォームを行い、城域の整備(岐阜城のように周辺の木を切って天守をよく見えるようにする・つまり石垣の上に生えている史実にはない大木を伐採する)等を行うのがいいと思います。もちろん、石垣の調査・保護、そして発見された埋蔵石列などをじっくり調査し、さらなる発見を目指してもらえればとも。
熊本城も大阪城も、そして岐阜城もそうしているのですから。
世にお城好きという人たちは多く、そうした人たちの多くは河村氏のいう「昔のまま」の復元を望みます。「コンクリート天守などダメだ、木造にしてもエレベーターや史実にない非常階段などつけるべきではない」といいますが、「昔のまま」と言っても前述のようにケーソンの上に乗っている時点で、すでに昔のままではありません。また「昔のまま」の天守は多くの人が出入りするものではなく、もちろん燃えやすく危険でもあり、お城好きが観光客として気軽に入れるものではなくなります。
横井氏は耐震・耐火・バリアフリーの木造天守を作りたいと明言していますが、お城好きはそれをよしとするでしょうか。「エレベーターがついた木造天守など何の価値もない」「そんなものを作れば名古屋は物笑いの種になるだけ」という厳しいネットの意見も見られます。しかし歴史学者の中では「それでもコンクリート天守より昔の状態に近いのでやってほしい」という意見も多く、文化庁も石垣保護などの手順さえ踏めば、エレベーター付きの木造再建に許可を出す可能性は高いと思われます。もちろんあと4年とかでは絶対にありえませんが。
ということで、河村氏が勝っても、横井氏が勝っても、昔のままの復元は無理で、名古屋市は「ケーソンの上に乗った、耐震・耐火・エレベーター付きの木造天守」に向かって進むことになります。ただし、基本設計図やら復元建設工事計画書やらがまだできているのかいないのか、それすらわからない現状ですから、文化審議会の許可を得て、完成させようとするには、5年や10年では無理でしょう。その間に、もう一度、名古屋市民がこの問題を考えなおす機会ができることを切に願います。