初めてのクルマで来てもらう「新説・桶狭間の戦い現地ガイドツアー」をやりました

ツアーのご報告

10月9日、初めて、自分のクルマで来るお客様をお迎えしてツアーをやってみました。お客様は、実はよく知っているお二人。ということで今回、テストツアーということになります。

JR大高駅前。名古屋駅からは15分ほどです。今回はこの黒いミニバンで移動しました

1560年の桶狭間の戦い、我々がとなえる新説では、今川義元は前日に松平元康らと共に大高城へ入り、出陣目的の織田方の鷲津砦・丸根砦を巡見して攻撃を決め、戦いの当日、自身は砦攻撃作戦成功のあと、撤退中を信長に討たれたということになりますので、その場所、動いた経路、位置関係をしっかり確認してもらおうというのがこのツアーとなります。

この日は3時間でまわる義元撤退路ツアーということで、JR大高駅をスタートして、まずは当時の海岸線の地形を感じる道を走りながら、氷上砦があった山へ。海と砦で海岸の道を封鎖しているのを実感してもらいました。

当時の大高城、鳴海城は海に面していたというのがわかるように明治の地図を加工

熱田の宮の本宮とされる氷上姉御神社をチラ見しながら、大高城封鎖の砦を置く必要がなかったことがわかる山中を通って正光寺砦(のあった山の場所=現在は山が削り取られて中学校)へ。ここで正面に見える丸根砦を確認して、2つの砦で大高道を封鎖したことを確認してもらいます。戦いの当日までに正光寺砦が機能を失ってていない限り、ここを突破して大高へ兵糧など搬入できないことを実感できます。つまり正光寺砦の小川衆(=水野信元)はなぜかこのときは撤退していたということになりますね。

そして大高城跡へ。北側の二の丸(?)から義元の気分になって鷲津砦・丸根砦をつくづくと巡見(『三河物語』)してもらいます。当時の戦いは当然ながらお互いが見えるところで行われたでしょうね。城趾では他に本丸部分や堀を見て、西の丸(?)からの伊勢湾の眺望も感じてもらいます。

次はその大高城から見えていた鷲津砦へ移動。戦いで燃えたという長寿寺を確認して砦山を攻める気分で登り、碑を確認したあとは西側の眺望を見ます。鷲津砦と伊勢湾とで丸内古道を封鎖したことを実感できます。砦が山の南側か西側かどちらにあったかという論争もありますが、この山はひと続きなので、山全体が砦が正解でしょう。南も西も見張ったはずです。現地に来ればそれはわかりますよ。

戦いの頃は鷲巣山長祐寺とよばれていた長寿寺
今は住宅地が広がっていますが、当時は大海原でした

そのあと丸根砦に移動して、正光寺砦のあった場所を確認し、間にある大高道を確認。今は新幹線が走っていますので、それを攻撃すると想像すると、当時の感覚がわかりやすい。正光寺砦・大高城から海までのエリア全体が見渡せる場所へも移動しました。

今川勢が鷲津砦と丸根砦を攻めれば信長が出陣してくるのは当然ですから、それに備えて、義元本隊は大高城を出て山を越え、信長の砦が目前に見える漆山へ移動し、本陣を置きました。義元の軍勢が通った小川道、その痕跡は大高緑地公園に残っていますから、そこを確認します。

正面が小川道の痕跡です

漆山へはクルマで移動します。ここは今は山を削って住宅地となっていますが、その削られた山の痕跡を確認したあと、当時の眺望が体感できる若草山展望台へ。天気が良かったので鳴海城、善照寺砦がはっきり見えました。これぞ義元の見た光景です。

若草山展望台。現地に行ってもどこが信長の善照寺砦かは解説しないとわからないと思います

義元は昼近くまで漆山で信長の出陣を待ちましたが、信長はこない。そこで鷲津砦と丸根砦を落として今回の目的を達成した義元は、三河へ帰還することにし、まず自身は高根山の山頂へ本陣を移し、徐々に兵を退きます。我々も漆山から義元の撤退路に沿って高根山へ移動。

しかしここで大きな問題が。実は高根山には駐車場がなく、裾野に置いて徒歩で登らなくてはならないのですが、それをやっていると時間切れになるので、クルマで通過して位置を確認するだけに。これは今後ちょっと考えないといけません。高根山の眺望を見られなかったのは大失敗でした。

桶狭間神明社の南に立った大高道のガイド看板。まさにここを義元が通ったのでした

そして義元の最後の本陣「おけはざま山」や信長の動きなどが一望できる場所で両軍の戦いの動きを実感してもらい、古戦場公園で記念撮影。その後は大高道の看板を解説して、実際に大高道を走り、大高へ帰りました。帰り道、もう一度正光寺砦・丸根砦の前を通って再確認したあと、JR大高駅で解散しました。これで3時間10分です。

午後二時という遅い時間に戦いが行われたのは、義元が撤退していたと考えない限り辻褄が合わない

●反省点
参加してくれたお二人からのご意見では、やはり一度走っただけでは位置関係がわかりにくいこと、また肝心の撤退説はかなり予備知識がないとわからないだろうということを指摘されました。それなりの資料は用意しましたが、もっとわかりやすい地図やガイドビデオみたいなものを用意する必要があるなと。車内で口頭で説明するだけでは理解してもらえないことが課題と思われます。

知識がある人なら、面白いと思うのでそういう人が全国から来てくれるのがいいのですけど、そのためにはどう宣伝するかがやはり課題ですねとも。そこなんですよね。信長マニアは、あるいは戦国合戦マニアはたくさんいると思うので、その方たちにどう知らしめるか、そして来てもらうまでの動機づけが課題です。

ということで、ご自分のクルマでまわるツアーのご参加、お待ちしております。やはり信長コースも一日で回ったほうが理解は深まると思います。後半は信長・義元どちらも同じ戦場となりますから、午前、午後、6時間コースで効率的にまわるのをおすすめしたいところです。お問い合わせは番号表示で 090-6875-3474 へどうぞ。メールでは daysmizuno@outlook.com となります。ガイド料は1コース5000円です。

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