2024年3月11日

現在の名古屋城コンクリート天守
先ごろ、名古屋城木造天守復元に関する市民討論会での差別発言問題に関して、検証委員会の中間報告が出ましたが、すでに10年以上続いているこの木造復元事業に進展は見られません。そこで、ここではできるだけ簡潔に、これまでの経過を書いておきたいと思います。これによってこの天守木造復元という事業の課題点を、市民そして国民の多くがもっと知ることで、少しは問題解決に向かうことを期待したいと思います。
名古屋城問題に関しては税金の無駄使いを追及する「名古屋市民オンブズマン」が長年にわたり名古屋市に情報公開を求めて、その結果をインターネットで公開(http://www.ombnagoya.gr.jp/tokusyuu/goten/)していますので、それを参考にさせていただきました(許可済み)。名古屋市民オンブズマンは「全国市民オンブズマン連絡会議に加盟する約 66の市民オンブズマンのひとつで、弁護士・税理士により構成されています(パンフレットより)」という団体です。
まず2009年4月に初当選した河村たかし名古屋市長は、2011年2月の出直し市長選挙でマニュフェストに「名古屋城天守閣木造復元」を入れ、完成は東京オリンピック開催に合わせて2020年5月14日(旧天守が昭和20年に戦災で燃えた日)としていました。2013年6月名古屋市議会では「エレベーターはないほうがいい」と河村市長は表明しています。しかし2014年2月~3月に名古屋市が行ったインターネットアンケートでは耐震補強や改修が71%、コンクリートで再建が2.7%、木造復元希望が15.3%、(回答数447人)という結果でした。
2015年6月になると木造再建問題は市議会で紛糾します。その時の市による説明資料(http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/150617.pdf)には、今後の進め方として以下のように書かれていました。
・現天守閣は石材の劣化、設備の老朽化や耐震性の確保など、さまざまな課題が生じている。また、耐震改修した場合でもコンクリートの劣化から概ね40年の寿命であり、再建を行う場合には木造復元に限られる
・平成26年度調査では、可能な限り早期の木造復元か、耐震改修し概ね40年後の木造復元かについて比較検討した結果、木材調達、社会情勢及び施設運営の各項目において、可能な限り早期に木造復元を行うことに優位性があった
・今後は可能な限り早期の木造復元を目指し、調査結果などを市民に丁寧に説明しながら、財源の確保や技術的課題などを一つ一つ整理していく

河村市長の指示書
のちに明らかになることですが、このころ河村市長は、市職員から「木造化はできません。やるのであれば『市長が全責任を負う』という業務命令書を書いて欲しい」という要望を受け、2015年8月24日に、当時の宮村喜明市民経済局長あてに「全責任を取るので木造復元に全力で取り組め」という指示書を出しています。これによって市は木造復元に突き進むことになりました。
それをうけてこの年2015年12月以降、タウンミーティングという名目で木造復元の説明会がいくつかの区で開かれました。150名の市民を集めた熱田区では、ある建築士から「そもそも木造5階の建物は建築基準法では違法建築である。仮に復元しても中には入れない。」という意見があり、名古屋市は「確かに違法ではあるが、文化財は基準外となる。建築審査会にかけて進める予定」と答えています。
続いて2016年の1月にあった守山区でのタウンミーティングでは「(耐火、耐震、バリアフリーの点は)建築基準法3条4号1項に基づき、法の適用除外を建築審査会で認められればよい。ケーソン基礎は残してそのまま基礎とする予定」として、文化財として建築基準法の適応除外を目指し、石垣の上に天守を乗せるという江戸時代の構造ではなく、現在あるコンクリート天守の基礎(ケーソン)の上に木造天守を乗せて作ることを名古屋市は明言しています。この時点で江戸時代と同じ構造ではないことがはっきりしました。

現在のコンクリート天守断面図。石垣に負担をかけないため、石垣の内側に土台(ケーソン)を打ち込んでその上に建てられているのがわかる。木造天守もこの上に建てられる予定
同月の中川区でのタウンミーティングで、河村市長は「名古屋城は税金を投入するのではなく、500円の入場料で(年間)400万人来れば30年で600億円。400億円かかって、利息が150億払ってもおつりがくるし、土産物などの収入も入る。」と事業の費用に関して述べています。そして2016年1月18日の記者会見でも河村市長は、木造復元の予算に関して、中川区で語った内容を話しています。(https://www.city.nagoya.jp/mayor/page/0000077836.html)(動画 https://www.youtube.com/watch?v=18YjtQmFdqk)この時点で市長は、木造復元で年間400万人が入場するようになるとしました。
そして2016年3月29日に名古屋市は、工費470億~500億円と算出した竹中工務店を木造復元工事施工業者として、優先交渉相手に選んだと発表しました。竹中工務店の提案は以下のようなものです(詳細資料 http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/takenaka.pdf)。
意匠・材料・工法を消失前にならって原則国産材で復元する。
石垣に負荷をかけないため現在のケーソン基礎を地盤支持層まで杭を打って利用する。
車椅子利用者のため仮説エレベーターを4層までの仮設エレベーターを設置し、5層へはチェアリフト付きの階段を追加する
地上から入り口まで、さらに通路にもスロープをつける
避難階段を設置し、スプリンクラーを増設
このようにこの時点で、名古屋市はエレベーター付きで5回までの車椅子が上がれる木造天守を作る提案を採用したのでした。
しかしこれは果たして江戸時代のままの木造再建と呼べるのでしょうか。また市長が400億円と話していたのに対し竹中案は500億円近くになっています。すでにこの時点で、江戸時代同様の復元といえるのか、甘く見積もった入場料で借金が返せるのか、といった疑問が出てきますが、当時は私も木造復元を夢見ていたため、そこはスルーしていました。

2015年11月29日に行われた信長攻路イベントに武将姿で参加した河村名古屋市長。市長は名古屋市の武将観光に力を入れていた
2016年4月の名古屋市議会経済水道委員会で名古屋市は、事業費が505億円となり、そのために市債を発行し、市民は450円、市民以外は1000円の入場料をとってその返済にあてるという新たな試算を示しました(資料 http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/160422.pdf)。
2016年5月になると名古屋市は「名古屋城天守閣の整備 市民向け報告会」を市内5か所で開催し、竹中案が盛り込まれた資料が配布されました。そこには小型エレベーター設置を検討と明記されています(配布された資料 http://nagoya.ombudsman.jp/castle/160511-1.pdf)
また竹中工務店自らが建築計画を説明し、CG動画(https://www.youtube.com/watch?v=-vvVL-TKSck)を公開しました。
このときの報告会に出席した私は、当時は建て替え推進の立場で、以下のように質問しています。
「①今後貴重な木材は手に入らなくなる可能性があるから、今、建て替えないといけないという認識を持っている。現在、まだ木材はあるのか(買えるのか)? ②税金を使わないということだが、入場料の計画に具体性がない。またプロモーション計画はあるのか。」
これに対して名古屋市と竹中工務店は「国産材は1m近いヒノキが流通していることが判明した。ただ、木が集まらない可能性や、高騰した場合は、外材を使う提案をしている。」とし、名古屋市は「入場者は年間360万人を計画している。現在の170万人の約2倍。整備計画を立て、全体の魅力を高めようとしている。これまで売り出し方が下手だったが、新年度から観光文化交流局ナゴヤ魅力向上担当部を作って検討している。来場者数では現在年間174万人で全国4位とのびしろがある。名古屋城の魅力を広く知っていただければ、具体的戦略はないが年間360万人は難しい数字ではない。」と答えています。市長の発言の数字が修正され、具体的な計算が示されました。

2016年5月11日の報告会の出席者
報告会のあと2016年5月6日から20日にかけ、名古屋城の天守整備に関して市民2万人に郵送でアンケートが送られ、7290通の回答がありました。結果は
・2020年までに木造21.5%
・2020年にとらわれず木造40.6%
・耐震改修26.3%
・その他6.2%
・無回答5.4%
と、エレベーターのある竹中案を見て6割の市民が木造再建に賛成しています(詳細はこちらに http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/160601.pdf)。ただし、2020年にとらわれないようにという市民が4割に上っています。この結果に河村市長は議会で予算が通るよう「命がけで不退転の決意で議会に臨む」と述べています。
ただ10月になると市長は、さすがに3年ほどしかない2020年までの完成を諦めたようで、2022年完成へと2年伸ばすことにしてしまいました。ただ、施工するのは竹中工務店という話は継続したままでした。また市長は熊本地震があったこともあってか、コンクリート天守の耐震危険性を口にするようになります。しかし年を越した2017年2月にはスター・ウォーズ展が開かれて、耐震性に危険があるとして現在は入場できないコンクリート天守に多くの人が入っています。
2016年12月の議会では、6月24日の試算で完成後50年間、毎年360万人が来ることになっていたものが、完成後50年間、2071年度まで、毎年366万人が来るという計算に変更されました(http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/161205.pdf)。
その後2017年3月15日に名古屋市は「来場者366万人で安定する」としています。しかし名古屋市から来場者予想を依頼された日本総研は「2026年には名古屋市試算より低い345万人~359万人、しかも漸減トレンドを設定しておくことが現実的」という報告書を出し、これが議会に上がっています。これに対し市長は「仮に収支がよくなくとも必ず推進すべきものであると考えている」と3月21日に文書で表明。また「これ以上、ご議決が遅くなる場合には竹中工務店の優先交渉権者としての地位を損なう恐れが生じる」としました(http://www.nagoya.ombudsman.jp/castle/170321-2.pdf)。何が何でもやる、施工は竹中工務店、という意志が感じられます。そして2017年3月22日にはここまでずいぶん揉めてきたにも関わらず、基本設計等に関する補正予算10億円を議会がなぜか可決しました。これでいよいよ竹中工務店との契約、そして文化庁の許可を得る段階へと移ります。
このあたりで私はこの事業に疑問を感じ始めました。それは、エレベーターもあるのに江戸時代のままに復元というはおかしいのでは? こんなずさんな事業計画で大丈夫なのか? というものです。このお話、次回に続きます。