2019年12月4日

例年、1月の終わり頃に開催されていた説明会が今年はなぜか11月の終わりから始まりました。木造復元に関しては揉めまくっているにも関わらず、あまり情報が市民には伝わっていないようで、関心は低いままです。11月28日の第一回説明会に出席してみましたが、50人足らずの参加者しかおらず、マスコミや関係者の数の方が多いほど。数少ない一般参加も反対あるいは賛成の意見を強く持った人が大半で、「説明を聞きに来た一般市民」はほぼいないというような状態でした。
木造復元の話、当初予定では2020年のオリンピックまでに完成となっていましたが、現在は全く完成の目処が立っていないこともあって、市民はまるで気にかけておらず、何が問題かも知られていないという状況です。そこでまずはこれまでの経過を、ざっくりと分かりやすく書いてみます。時系列に前後はあると思いますが、あくまでざっくりです。
2014年以前、信長攻路など歴史観光を推進してきた河村名古屋市長は、現在のコンクリート天守には耐震問題があるので、耐震補強をするなら木造に建て替えてはどうかという話を耳にする
名古屋城は実測図や写真が多く残っており、寸分たがわぬ復元が可能という意見を市長は取り入れ、特別史跡として名古屋城を管轄する文化庁に木造復元話を持っていくと、当時の文化庁からは良い感触を得られた。
そこで歴史観光をすすめる名古屋の話題作りとして、インバウンド客を狙って2020年オリンピックまでの完成を目指し、名古屋城木造復元を打ち出した。
しかしこの計画に無理が多いことを理由に、名古屋市職員からは反対意見が多数出た。そこで市長はすべての責任を自分が取ると一筆書き、計画を進めることになった。
市長は木造復元実現を自身の市長選のテーマの一つにし、選挙に勝利したことで市民の賛成が得られたとする。また市民2万人アンケートを実施し、「反対ではない」という多数意見を得た。
施工業者から出た見積りで事業プランは505億円となり、返済のため毎日数千人の観光客を50年間に渡って天守に入れ、入場料金で採算をとるという計算に。
施工業者となった竹中工務店から、第一案としてエレベータも備えた耐震耐火バリアフリーという現在の法律に違反しない木造天守プランが出された。
しかしそれでは復元といえないと市長は納得せず、あくまで昔のままに復元することにこだわった。しかし昔のままに再建すれば、燃えやすい危険な建物となり、障害者も入れないため、現代では違法建築物となってしまう。
これに対し、市長は、木造再建天守を文化財に指定して法の規制を免れるという方法をとることにしようとしているが、どうなるかははっきりしない。また障害者問題等はなんらかの新技術によって解消するとして技術を公募することに。
こうした中、市民団体からは文化庁もその価値を認める現在のコンクリート天守の耐震補強と保存を求める声が高まり、事業進行の不透明さなども含め事業差止め訴訟も起き、係争中となった。
また江戸時代からそのまま残る石垣は本質的な価値を持ち、それを先に調査・保護をすることが天守再建より先に必要という意見が、石垣保全を議論する市の有識者会議「石垣部会」から出て、天守を優先する名古屋市と意見が対立した。
現在のコンクリート天守は大きな杭を打って土台を作り、その上に建っている。木造復元天守も同様に建てられる予定だが、その際、石垣の一部を崩さねばならないという問題も発生し、石垣部会の反発がさらに強まった。
こうしてオリンピックどころか、2022年へ先延ばしした完成予定も危うくなってきたため、文化庁からの許可を得る手段として、現行天守の取り壊し先行という奇策に打って出るも、文化庁からは許可を得られず、結局2022年の竣工が不可能となる。
以上、今年10月までのざっくりとした流れですが、ご理解いただけたでしょうか。

さて今回の説明会では最初に観光文化交流局長の松尾氏から説明が一時間ほどあり、事業の流れが説明されました。今年4月の人事異動で、名古屋市の担当者はほとんど入れ替わってしまったようで、今回は昨年度までの説明会とは異なった面々がステージ上に並んでいました。今年1月末に行われた市民への説明会ではまったく話さず、説明会が終わってからすぐの2月1日に、文化庁に対し現天守の先行解体許可を求めるという奇策に出た名古屋市ですが、結局文化庁の許可が出ないまま8月29日に2022年12月という竣工期限が不可能となったことを表明しました。これは「石垣部会」から、石垣の調査・保護を優先すべき旨の意見が強く出されていたことが原因と言えるでしょう。
さてそこで今回の説明会一番のトピックが、今後の事業計画「名古屋城石垣の基礎的研究をすすめるとともに、石垣を活用する事業を推進」です。これまで石垣部会は石垣保護の観点から復元事業の進め方に反対をしてきましたが、今回、名古屋市が石垣保護を最優先すると大きく方向を変え、石垣部会と話し合いをもち、石垣優先という方針を決定したのです。説明会には石垣部会の委員の中で最も著名な歴史学者千田嘉博氏が、個人として参加。しかし最後の市長挨の時間にステージに上り、経過の説明をしましたから、たまたま個人参加したというより打ち合わせの上でのことでしょう。説明会の後には市長とツーショットでマスコミ取材に応じ、握手する映像がテレビニュースなどでは流れたようです。敵対していたとされた石垣部会との関係を修復したことが強く印象付けられました。

名古屋城は第二次大戦で全焼し、コンクリート製で再建されています。そのため現在、その歴史的な本質的価値を持つのは創建当時から残る石垣です。これを研究・保護することが歴史遺産の観点からはまず最も重要なことで、文化庁からもそのことを指摘されています。名古屋市はこれまで、木造天守再建を優先して来ましたが、文化庁からの許可が出ず、再建スケジュールが予定通りにいかなくなったため、石垣保護から手順を踏んで木造再建へ進もうという方針へ転換したようです。石垣部会とは11月4日の打ち合わせで合意したようで、今回の説明会はそれを受けての緊急開催ということでしょうか。
歴史好きとしてはその方向性は大変歓迎したいところです。まず大事な石垣の調査・研究・保護をしてから、天守をどうするかを検討するのは当然のことでしょう。ただ現状は文化庁から「石垣の話と天守の話は一体と言われている」と名古屋市は考えているようで、石垣保護さえできれば建て替えの許可が出るとして、まず石垣問題をやっつけようということのようです。千田先生も石垣の調査・保護を様々な方法で早くすすめることには全面協力するといい、一定時間がかかるが、木造再建ができると考えているようです。石垣カルテは今年度中にできるようなことも口にしました。石垣部会の委員にも木造再建に慎重な人はいますが、千田先生は推進派です。
とはいえこれで、木造再建へと進むかというと、そう簡単ではありません。まず木造天守の耐火問題です。首里城が炎上したように木造の建物は燃えやすいので、中に1000人規模の見学者を入れる予定の天守で火災が起きれば、大惨事となります。このため名古屋市はスプリンクラーや消火栓の設置を発表しましたが、それだけでなくさらに様々な耐火の設備は間違いなく必要となるでしょう。また避難路の問題もあります。昔のままの作りであれば階段は狭く、多くの人の避難は困難を極めます。竹中工務店が一番最初に出したプランでは、木造とはいえ耐震耐火のハイブリッド構造で、避難階段も持つ建築物でした。木造復元が火災に弱いことは首里城でよく分かったはずですから、その対策は絶対的に必要となります。でもそれをしたら、昔のままの木造復元とはいえないでしょう。市長もそう考えて、当初のプランに反対しました。
また階段に関しては、避難問題だけでなく障害者等が上がれるのかという課題もあります。竹中工務店の当初案ではエレベータもありましたが、これにも市長が反対しました。しかし公共施設はバリアフリーである必要があります。そのため名古屋市では階段部分の模型である階段体験館(ステップなごや)という施設までつくって、パワースーツ、昇降式床など新技術を募り、問題を解消すると言っていますが、これもまた現実的ではありません。実際、昇降式床なとというものをつけたとしたら、それはもう復元とはいえないのではないでしょうか。つまり完全な復元天守をつくれば、それは現在の法律に適合しない危険で障害者等に優しくない違法建築になってしまいます。これを文化財であるとして法の規制を免れたとしても、危険があっては人を入れることなどできないでしょう。この矛盾はどうにも打つ手がないのです。

ここで最も当初のプランに戻って考えてみますと、今回考えられている505億円の事業予算は、一日に数千人の観光客を木造天守に入場させて、その入場料で50年かけて借金返済するというものでした。その大量の観光客が50年もの間、本当に来るのかという疑問はさておき、大量の観光客を入れないと木造復元のお金ができません、しかし、もともと当時の天守は殿様が一年に一度登ることがあるかないかというようなものです。そこへ大量の観光客を入れて稼ごうという発想がそもそも間違いだったのではないでしょうか。本丸御殿に落書きをした観光客がいたように、不測の事態はありえるのですから。
昔のままの木造再建天守を作ることは私も反対ではありませんが、それは大量の人を入れることをしないのであれば、です。危険な場所へは観光客を入れられません。障害者はもちろん事実上入れませんし、現在の隅櫓(すみやぐら・重文)のように、限定で公開するというものにせざるを得ないでしょう。しかし人を入れないのであれば観光収入は得られないのですから、借金が返せなくなります。ではすべて税金で作るといえば、おそらく今よりもっと多くの反対意見が出るでしょう。また、いまさら505億円もの寄付が集まるとも思えませんし。
歴史好きとして、今一番恐れているのは、石垣問題が片付き、現天守の取り壊しが行われてしまうと、結局消火設備や避難階段、エレベータがついた耐震耐火ハイブリッド木造天守(レプリカ天守)を建てざるを得なくなる、ということです。それは木造再建を願う多くの人たち(もちろん市長も含めて)にとっては、ただただガッカリな建物ということになります。それでも話題性はできて、当初は人が集まるでしょうし、コンクリート天守よりは昔のものに近くなるのでそれでもいいのではという意見はあるでしょう。建て替えるならそれ以外に方法はないのですから。石垣部会の千田先生はこれまでの発言を見る限り、そうしたレプリカ天守に賛成だと思われます。ただそんなものが100年後に国宝になることはないでしょうし、50年間もの間、多くの観光客を集めて建築資金を回収するということも無理なのでは。後世につけを残すことになります。とはいえ、コンクリート天守を壊してしまった以上、建てないと格好のつかない市長としては、「苦渋の決断」でレプリカ天守を建てるのではないかと思います。いや、千田先生との間ではすでにその話がされているのかもしれません。

そこで話をもとに戻して考えますと、505億円もかけてハイブリッド木造にするくらいなら、現在のコンクリート天守を耐震補強して、改修する方が合理的ではないでしょうか。外観は同じですし、すでに築60年のコンクリート天守に歴史文化財的な価値があることは文化庁も認めるところです。そのため名古屋市でも現在の天守を全面取り壊しせず、一部を残して移築し、見学できる施設にすることを考えています。しかしまあ、わざわざそんなことをするくらいなら今のままでいいのでは。歴史好きはつい木造再建にこだわりますが、一般の人にとっては今のままで何も問題はないはずです。
現在、全国の多くのコンクリート天守が耐震補強してリニューアルしています。戦前に建てられた大阪城をはじめ、石垣の復旧がなった熊本城、博物館として素晴らしいものとなった小田原城などなど。岐阜城もその方向で現在話が進んでいるようです。それらと違って図面や写真がある名古屋城は木造再建ができる、ということでここまで来てしまったわけですが、こうした事情をすべて市民に伝え、問題点をはっきりさせ、立ち止まってどうするべきか考えるときではないでしょうか。市長は「自分が感じるところでは再建は市民の夢だと思っている」と言っていますが、多くの市民は事情を知らずに「本物」の木造再建を夢見ているだけでしょう。実際、こうした事情を話すと、そんなハイブリッド天守ならいらないと、木造再建賛成派の人の多くが反対に転じます。歴史好きの皆さんは、雰囲気はそのままながら耐震耐火ハイブリッド構造でエレベータもある天守ができることを良しとしますか? それを一度広く問うべきです。

なお、今回の説明会からこれまでと違って撮影・録画が禁止されました。取材ではなく市民として参加しましたので、写真は撮ることができませんでしたが、禁止しなければならない訳が何かあるのでしょうか。またこれまでかかっている費用はどれくらいかという会場からの質問に対しても、持ち合わせていないので後日ホームページに載せたいという回答でした(説明会初日の場合)。そんな大事なことがなぜ説明会で答えられないのでしょうか。現在この事業における「基本設計代金の支払いに対する返還請求、同実施設計契約の無効、及び同事業の差止請求」の裁判が起きており、神経質になっているようですが、そうした疑念を持たれるのも、この505億円もの事業が市民にしっかり知らされていないためだと思います。
人の入れない完全復元天守(400億円程度でできそう)か、人が入れるハイブリッド木造天守(ハイブリッド代が加わって505億円)か、耐震補強して博物館機能を高めた現行天守(30億円程度)かの三択です。さて歴史好きとしてはどれを選びましょうか。(説明会の最終回は12月7日土曜日午後7時から、名古屋市公会堂大ホールです。定員1400名ですから、お時間ありましたらぜひお出かけください。)