2023年12月26日

本丸御殿の前に作られたアート作品。掃除モップになにか深い意味が?
「アートサイト名古屋城 想像の復元」というイベントと御深井丸・乃木倉庫の公開が12月の初めに行われていましたので、久々に観光客気分で名古屋城に行ってみました。写真のようなアートが名古屋城の敷地内にありましたが、まあ正直なところ、こうしたアートは私にはよく理解できなくて、その良さがさっぱり分かりませんでした。恐縮です。
アート(の一部)をながめたあとは、平日で空いていたこともあり本丸御殿に入ってみました。たまたま夜間公開があった日で、また普段は公開されていないエリアまで入れましたので、その豪華な作りを久々に堪能しました。入城料500円でこれを観られるのは、観光施設として十分な価値があるなあ、と実感。
また、中には入れませんが、天守の威容は外観を見るだけでも、これまた十分であるなあと実感しました。あたりはインバウンド客ばっかりでしたが、天守を背景に無邪気に写真を取っていらっしゃる中国?の女子には、天守の中に入れるかどうかはどうでもいいことでしょう。でも、もしこのコンクリート天守がなかったら、観光的魅力は激減するでしょうね。

天守東側から写真を撮るインバウンド客の若い女性たち
話は変わって12月16日に、名古屋市東区白壁にある市政資料館で「市政出前トーク/名古屋城天守閣の整備」というイベントがあったので出かけてみました。主催者は「名古屋城天守の有形文化財登録を求める会」。その名の通り今のコンクリート天守を保存して文化財登録を目指そう、という人たちの集まりです。木造再建を目指す名古屋市とは180度立場が異なるわけですが、そこへ市の職員が話をしにやってくるというのは驚きです。
実はこれ、市の職員が出向いて市政の話をする「市政出前トーク」という制度が名古屋市にあり、それを利用したもの。名古屋城関連の出前メニューは「名古屋城天守閣」「名古屋城の整備について」「名古屋城の管理運営などについて」の3つがあり、今回は天守閣について、担当者が無料でやってきて話をしてくれました。会場には30名弱の人が集まっていましたが、一見して高齢者が多い。いつも思いますが、若い人がこういう催しに来ないのは実に残念なところです。

当日配られた本丸の現状の図
まず観光文化交流局名古屋城総合事務所の荒川宏主幹による50分ほどの講演です。最初に天守ではなく「本丸」全体を往時の姿が実体験できる場に整備するという「本丸整備基本構想」が話されました。本丸を取り巻く土塁・多門櫓、表一之門・大手馬出し、東北隅櫓・東二之門・搦手馬出を復元して「近世期最高水準の技術により築城された名古屋城の象徴である本丸の姿」を現代に再現しようとするものです。これはすばらしい。歴史好きとしては文句のつけようがありません。ぜひ早くやっていただきたいものですが、実際には完成まで数十年、いやそれ以上かかるようです。
次に現在最大の課題である天守の整備、つまり木造復元に話が移りました。復元の意義としては「本質的価値の向上と理解の促進」といういつものフレーズでしたが、「私の師匠の師匠が建てた現在の天守を壊すのは残念だが、行政マンとしてしっかりやりたい」とか、「河村市長の強い思いが先走り、学術的意識が欠けていたのは事実、当初計画には無茶があった」との発言もありました。そして建物の構造や、遺構の保護、防災・バリアフリー、文化庁への申請などの手順といったこれまでの説明会でもよく聞いた話が続きましたが、多くの市民がまだ理解していないだけに、これをもっとあちこちで話していただきたいものです。
ここで示された「本丸全体の整備を行うので、その第一歩が天守の木造建て替えである、名古屋城本丸全体という貴重な文化財を理解するためのツールとしてはコンクリートではなく木造の天守が必要である」という建て替えの意義は、歴史好きなら納得しやすいもの。今後、市としてはこの大義名分をさらに前面に打ち出してくるのではないかと思いました。この理屈だと、エレベーターがあるなら木造など作らない方がいいと言っていた歴史好きも、大義のためにはエレベーターも致し方なし、と納得する人が増えそうな気がします。

本丸整備計画の図面。本丸大手馬出も復元される
このあとは質疑応答となりました。こういう会に集まった方たちですから、現状がどうなっているか知っている人たちなのかなと思って聞いていましたが、やはりまだどういうものが作られようとしているかを知らない人も多いよう。しかし「市民は耐震・耐火・バリアフリーで作られるということを知らず、市長のいうように昔のままに作られると思っている」という発言も。そうです。市としては現在、耐震・耐火・バリアフリーで木造天守を建てようと考えているのです。それに抗っているのは皮肉なことに河村市長だけといっていいでしょう。「市民がそれ(今の状況)を知らないことには忸怩たる思いがある」という話が市からはありました。
学者などの有識者が、また監督官庁である文化庁が、観光客を入れる木造の城を、昔のままの危険な状態で作ることなど認めるはずがありません。またネットなどを見ると法律の適応除外を受ければ昔のままに建てられるという人がいまだにいますが、そこに人を入れたら責任は誰が取るのかを考えれば、そんな物を名古屋市が作るわけがありません。「なら人を入れなければいい」との反論もありますが、この建物の建築費は税金ではなく観光収入で賄う予定ですので、人を入れないという選択肢はありません。

もよりの地下鉄の駅名は2023年1月4日に、すでに名古屋城駅へと変更されている
私も一番気になっていることを聞いてみました。「入場収入で賄うという505億円とされる事業計画は、資材や労働力が瀑上がりしている中で見直していないのか」「1000円の入場料収入で50年かかって借金505億円と金利を返済していくという計画は、見直していないのか」と。これに対しては「505億円でやれるよう竹中工務店と努力していきたい」「入場者数の予測や事業予算の見直しは行っていない」という答えでした。
7年以上前に作られた予算のままであるという答えはちょっと驚きです。大阪万博の騒動のように、資材費・人件費などの高騰を考慮して、建設費をしっかり計算しなおさないと、あとで大変なことになるのでは。また防災上、あるいはエレベーターを当初計画より小型化したことなどで、当初の計算どおりの客数を木造天守に入れるのは難しくなっているはずですので、事業計画は一度見直すべきではないかと思うのですが、そうしたことはまったく行われていないことがはっきりしました。

一見の価値がある本丸御殿の最も豪華な部屋・上洛殿(家光の上洛にあわわせて増築された御成御殿)観光の目玉でもある
私が思うに、名古屋城木造再建の問題点は明確です。一つは名古屋市が耐震・耐火・バリアフリーの木造天守を作ろうとしていることを多くの人がいまだに知らず、河村市長のいうように昔のままに木造再建されると思っていること。「まったく昔のまま」はとっくに不可能になっているのです。エレベーター(小型昇降機)をつけることはすでに決定事項であり、どういったものを何階までつけるかということで、もめているだけ。そのようにすでに昔のままの木造が作られるのではないことを、すべての市民が知ることこそ一番大事ではないでしょうか。是か非かはそのあとで検討すべきです。
もう一つは、事業計画がずさんなままであること。7年ほど前に作られた予算計算が全く見直されないまま進めらている事業など、民間ではありえないことです。名古屋市民オンブズマンによると、11月7日に令和5年度第2回名古屋市公共事業評価監視委員懇談会が開催されましたが、事業採択から5年以上未着工となっている名古屋城木造復元事業については「見直し対象とはならなかった」とのこと。国土交通省から交付金が出る事業は、5年ストップしていたら見直しの対象になるようですが、名古屋城に関しては補助金が出ていないので、チェックが入ることもなくズルズルと進んでいるわけです。そもそも50年もの返済期間の事業計画って、現実的なんでしょうか。市民感覚としては、大丈夫なのかと思わざるを得ません。

本丸整備後のイメージが示されたイラスト。コンクリート天守でもかまわない気もするが…
本丸全体を整備しようとする中で、まさに本丸と言える天守を木造で建て替えたい気持ちは、歴史好きとしてはよくわかります。しかし門や隅櫓、多門櫓は江戸時代のままに復元できても、巨大な天守を昔のままに木造で作ると安全性に問題があるので、現在のコンクリート天守と同様に眺めて楽しむことしかできません。であるなら現在の天守のままでも同じことです。本丸御殿のように中に観光客を入れるのなら、耐震・耐火構造でエレベーター付きの「江戸時代とは違う木造」を作るしかないわけで、それはちょっとな、と。
昔のままに建て替えるといまだに言っているのはもはや河村市長だけで、関係者は誰もそんな事ができるとは思っていません。低層階にエレベーターをつけることは市長もいやいやながら認めていますので、この時点で、市長の言っていることは矛盾しています。むろん最終的には市長の判断となりますから、エレベーターなどなしで作れ、と命令はできますが、そうすると監督官庁である文化庁が建て替え許可を出すことはまずないでしょう。世界の潮流はバリアフリーですから。
建て替えは決定事項として優秀な行政マンたちがどんどん計画を進めています。もし河村市長が、あるいは次の市長がそんなものならもうやめだ、といい出したら、それにともなう損失は誰が負うのかという問題も出てくるでしょう。とはいえ、市民の一人としては、江戸時代とは異なる木造天守が、多くの人が知らないまま、7年も前の見積もりのままで作られていっていいのだろうかと思わざるを得ません。何が作られようとしているのか、いったいいくらかかるのかを明確に知らしめた上で、今こそもう一度原点に戻り、それこそ住民投票でもしてはっきりさせてもらいたいもの。その際には15億円ほどで耐震補強できるとされるコンクリート天守(昭和34年に建てられ、すでに文化財的価値を有する築64年の建築物)を壊してもいいのかを含めて検討してもらいたいものです。

ふだんは公開されていない上洛殿厠の戸に描かれた「猿猴捕月図」をたまたま見ることができた。素晴らしい
久々に名古屋城に出かけてみて、立派な本丸御殿もすでにあることだし、観光的には今のコンクリート天守があそこに建っていれば、それで十分なのではと実感しました。もし505億円かけるなら、本丸全体の整備こそ急いでほしいものだと歴史好きとしては強く願います。そんなわけで、みなさんもぜひ名古屋城へ出かけて考えてみてください。年末は29、30、31日が休みですが、正月は元旦午前9時から名古屋城冬まつりが開催されています。