2023年6月26日

この風景こそ、貴重な観光資源。中に入れなくてもこれで十分ではないか
ちょうど二年前、名古屋市長選のときに書いた名古屋城木造復元に関する諸問題ですが、エレベーター反対派の人が市民討論会で「差別用語」を口にしたり、障害者に対して「がまんせい」などと発言し、それを名古屋市が制止しなかったたことで、またまた紛糾しています。これはもう、どのように木造復元すべきかという問題ではなく、エレベーターをつける、つけないという障害者差別問題にすり替わってしまった感もありますので、歴史好きにとってはなにが問題なのかを、もう一度書いておきたいと思います。
歴史好きとしては、城趾だけ、石垣だけでも萌えるくらいですので、木造天守が建っていたらそれはそれは嬉しくなってしまうわけです。ただ私は、実は城そのものにはあまり興味がなく、そこに城がある背景にこそ興味がある方です。それはそれとして木造名古屋城として完全復元した天守が建てられるものなら反対はしませんが、そうでないなら建てる必要はないと思っています。中途半端なものを建てるのが一番いけない。

この図のようにケーソンの上に建てるというだけで、すでに江戸期のものとは異なる
戦前は国宝であった名古屋城の天守木造復元に関しては、当初、豊富な史料があって当時のままに復元可能ということでしたから、私としても大いに期待したものです。それから復元の検討が始まり、紆余曲折がありました。10年近くたった今でも、ほとんどの人はまだ、当初の話のように江戸時代のままに復元されると思っているようですが、この連載で何度も書いているとおり、現代に建てる以上それは無理なのです。そのことを名古屋市がはっきり言わないので、エレベーターなんかをつけたら完全な復元にならないじゃないか、という人たちがエレベーターに強硬に反対し、それが高じて差別発言まで出てしまいました。
実はエレベーターというか、昇降装置を上階まで取り付けることはすでに既定の路線となっています。そのために新技術を公募し「車いす1台、介助者1名もしくは乗員4人の小型昇降設備(車椅子の人が飛行機に乗るときに使うもの)」が採用されました。まあこれは一種のエレベーターだと思うので、以下エレベーターとして書きます。なので名古屋市の河村市長はこれが気に入らなかったようで、上層階にはできるだけつけたくないと言い出しました。御本人は夢のような新技術が出てくると思っていたようですが、そんなものはありませんでした。具体的にどう取り付けられるかは名古屋市が発表していませんのでわかりませんが、市長は図面を見てるはずゆえ気に入らなかったのでしょう。想像すればなんとなくわかります。木造の天守にはどう見てもそぐわない。

どうせ壊すからと手入れされていない外壁はますますひどい状態になっている
木造天守再建は当初から文化施設だけでなく観光施設でもあり、その入場料収入で建築費を賄おうという計画ですので、1時間に1000人とか2000人とかの入場者を入れることを見込んでいます。そうなると安全対策をせざるを得ない。なので耐震耐火、安全装備満載の木造天守とするしかありません。さらに観光施設だとバリアフリー化するのは世界の常識ですので、エレベーターもつけなくてはなりません。民間ならまだしも、役所が作るのですから当然です。つまり完全復元でもなんでもない、言い方に語弊があるかもしれませんが、歴史好きから見たら「なんちゃって木造天守」が作られることはすでに決定事項なのです。

特に問題のない解体工事のプランはすでに出来上がっており、許可待ち状態

御深井丸にはすでに取り壊し工事用と思われるの竹中工務店のプレハブが建っている
このエレベーターがついた木造天守整備基本計画は、6月12日の有識者、文化庁のオブザーバーによる「第56回 特別史跡名古屋城跡全体整備検討会議」で了承され、市議会でも許可を得て、文化庁の審査へと提出される運びでした。これに抵抗したのが、木造復元を言い出した河村市長その人です。まあそうでしょう、エレベーター付きの木造天守など、言い出した当初は考えもしていなかったはずですし、エレベーター付きの木造天守が完成した暁には、反対派のみならず、市民や観光客からも落胆の声が上がるのは目に見えてます。木造再建を言い出した自身の責任だって問われかねません。

国宝天守が焼け落ちたときの熱で傷んだ石垣は崩落の危険があるとして、鉄柵の通路が作られている
そこでこの3月にエレベーターの設置はしないという「天の声(市長命令)」が発せられたようです(市会議員横井利明氏が自身のブログにそう書くも、名古屋市はこれを否定)。つまり市が計画していたエレベーター付きの建設計画を白紙に戻せという市長命令です。担当部署は大混乱となったようです。
このあたりの流れをちょっと時系列にしてみましょう。
昨年22年12月5日に新技術公募の「車いす1台、介助者1名もしくは乗員4人の小型昇降設備」が採用されることになりました。その後、例年、複数回が行われてきた木造復元の市民説明会が、23年1月21日になぜか一回だけあり、建築反対派の発言もなく、早くやってほしいというような意見が多く出ました。それを見て市長は、エレベーターなしの完全復元こそ民意と思ったのではないでしょうか。そこで3月にエレベーターやめという命令を出し、それに賛成する「民意」を味方につけようとして、無作為に抽出した市民5000人にアンケートを郵送し、エレベーターが必要かを問いました(返信は5月8日消印有効)。
このアンケートには約3割の1448人から返信がありましたが、エレベーターは完全に不要という意見は、そのうち23.4%しかありませんでした。城好き、歴史好きではなく、ごく普通の市民から見れば、エレベーターはつけるのが当たり前なのでしょう。逆に言えば市民は何が問題なのかよくわかっておらず、高い建物ならふつうエレベーターがいるでしょ、と答えただけにも思えます。
続けてアンケートに返事した人の中から希望者を募り、6月3日に市民討論会をやることにしました。これには1448人の中からわずか37人だけが集まりました。中には障害者の人も居てエレベーター設置希望の意見を述べましたが、不要論の人がひどい言葉を投げかけ、それに会場から拍手が出たりと大荒れに。市長や市の担当者がなぜかそれを制止しなかったので、トリエンナーレの時と同じような、全国に知れ渡る大騒動になってしまいました。
河村市長はアンケートと討論会でエレベーターは不要という圧倒的支持を得るつもりだったのではないでしょうか。しかし、結果はすっかり裏目に出てしまいました。民意を味方につけて選挙に勝ってきた河村市長ですが、今回、民意は味方にはなりませんでした。

木造天守に入るための小天守入り口に取りつけられる金属製スロープの図
こうしたことで名古屋城の天守木造復元問題は振り出しに戻ってしまいました。いや振り出しどころか、障害者差別で揉める城というマイナスイメージが日本中に広まってしまいました。江戸時代とは違うバリアフリーなハイブリッド木造天守を作ることで文化庁の許可を得ようとしていた名古屋城総合事務所の上田所長は「市長の日頃からの言動に対して忸怩たる思い」とまで口にしています(この方、トリエンナーレ問題の処理でも当事者でした)。
6月12日の有識者会議では、エレベーターの話は出ず、木で包んだ金属製スロープが石垣の前に作られることだけが示されましたが、歴史好きとしては景観を損ねるこのようなものもない方がいいと思います。有識者からも、何か他の方法はないのかという意見が出ましたが、名古屋市は決まったこととして押し切りました。このスロープに象徴されるバリアフリーを配慮した城として、天守内部にもエレベーターがつくことになるわけです。ちなみに文化庁もバリアフリーを望んでいますから、文化庁からの許可も下りるかもしれません。

外付けのエレベーター棟は、現行天守のリニューアルプラン次第で取り外せるのでは
つまりは江戸時代のままの完全復元はされず、エレベーターやら避難階段やら、スプリンクラーやら防煙扉やら、なんやらかんやらごちゃごちゃついた耐震・耐火・バリアフリーの木造風天守が作られることとなります。であるならそんな物はいらないというのが歴史好きとして率直な思いではないでしょうか。作らない方がマシです。それなら今ある64年の「歴史」をもつコンクリート天守をそのまま置いておけばいいのでは。名古屋城の巨大さ、立派なことはこれでも十分感じられるのですから。現在は中に入れませんが、それでも観光客は集まっていますし、石垣と城の威容に感嘆しています。
そこで提案ですが、今の天守を耐震補強して、各階の一角、およそ1/4くらいを、内装だけ木造復元したらどうでしょう。コンクリート作りの小田原城などは耐震リニューアル工事に伴ってそういうことがしてあります。そこそこ広い範囲を復元すれば十分当時の雰囲気を楽しめるはずです。リニューアルした熊本城のように内部のエレベーターも改良して大型化し、最上階まで行けるようにして、さらに現在ある外部エレベーター棟も取り外せる方法を検討できればと思います。

石垣の上に茂る樹木を伐採して、本来の城域を見せることこそ優先されるべき
コンクリート建築には寿命があるから木造にした方がいいという意見もありますが、それこそ技術の粋を集めれば、今の天守もあと50年くらいは大丈夫では。それからどうするかは、その時代の人が考えればいいのではないかと思います。時代の情勢も経済状況も、そしてバリアフリーに対する「新技術」も今とは異なっているでしょうから、その頃になれば案外いい手があるかもしれません。
繰り返しますが、私としては名古屋市が進めようとし、そして文化庁が許可を出そうとしているエレベーター付きの木造ハイブリッド天守の建築には反対です。その点では奇しくも市長と同じ意見(苦笑)。市長と違うのは、エレベーター付きの木造天守しか作ることはできないなら再建計画などもう止めましょうということ。そんなものができたら、歴史好きはもちろん、多くの観光客が今のコンクリート天守以上に落胆するでしょう。計画中止が決定できるのは市長だけです。河村市長が無理なら、次の市長に止めて欲しい。大塚耕平参議院議員が出るという次の市長選挙では、争点になることを期待します。

西北からの眺望に感嘆の声をあげて写真に収める外国人観光客