2019年9月24日

私は、鳴海中日文化センターで「若き信長150名所スタンプラリー」という講座を開催しています。
この講座は毎月一回、第一土曜日午後3時30分から1時間半の座学で若き信長の活躍を学び、次の月の第一土曜日は信長の活躍した現地を皆で訪れようというもの。信長の痕跡150か所ほどへ、何年かかけて行ってみようという講座です。10月5日(土曜)から今年後半の講座が始まりますが、先回はどんなところへ行ったのかをここでご紹介したいと思います。
若き織田信長も、幼い頃は何もしてませんから、その間は父信秀の動きを追っています。信長は天文3年(1534)5月21日、あるいは28日に生まれていますが、その時信秀は満21歳の若武者でした。信秀は信長が満4歳になる天文7年(1538)年に、那古野(なごや)今川氏の今川氏豊(今川義元の末弟)から那古野城を奪い、翌年までには当時の巨大貿易港であった熱田を支配しました。その関係で、熱田には信秀や信長の関連する場所がたくさんあります。8月の講座では、そんな場所へ行ってみました。

まず熱田区白鳥2丁目10-12の浄土宗誓願寺です。この寺は享禄2年(1529)に、日秀妙光尼が、信秀の援助を得て創建したとされています。しかし信秀はまだ満18歳で、那古野へも進出していませんから、これはちょっと時代が合いませんね。日秀妙光尼は未亡人になってから信州善光寺で出家し、後年、元亀元年(1570)には正親町天皇より上人号の綸旨を受け紫衣(しえ)の着用も認可された『熱田上人』となりました。そんな人ですから、天文16年(1547)に松平竹千代(後の徳川家康)が織田の人質になった時には、その教育係になったそうで、その縁で桶狭間合戦後に、信長と家康の同盟を取り持ったともいわれています。それゆえ尾張藩もこの寺を保護し、寺の門には今も葵の紋があります。江戸時代には東海道の名所となっており、松尾芭蕉も訪れているとのこと。

次は白鳥2丁目6-9の天台宗滝之寺(当時は滝ノ坊)です。こちらは天文十二年(1543)に信秀が愛知郡元古井村(現千種区)から熱田へ移し、信秀を中興とする寺とされています。とはいえ大永六年(1526)三月に連歌師宗長がここで連歌の興行をしており、これまた年代が合わないのがむつかしいところです。江戸時代にはその宗長が用いた文台が残っていて、寺の名物となっていたそうです。また江戸時代の有名な『尾張名所図会』には、幼い信長がここで学んだ時に使った「龍の硯」が寺にあったとされています。これはもしかするとまだ寺にあるやもしれません。当時このあたりは海岸で、西側には素晴らしい景観が広がっていたようで、宗長初め、紹巴、宗牧ら有名連歌師が、信秀の時代にここで「滝ノ坊興行」を行っています。

同じく白鳥2丁目3-20には日蓮宗本遠寺があります。戦前に建っていた旧国宝の楼門は清州城の書院を移築したものとのこと。残念ながら戦災で消失し、今はありません。本遠寺では永禄十年(1567)8月7日に連歌師の里村紹巴が連歌の会を張行(ちょうぎょう)しましたが、その後、8月18日に紹巴は大高城へ移動しており、夜半にそこから海越しに長島攻めと思われる光が西に見えたと記録しています。この日はちょうど信長が美濃・稲葉山城を攻略したとされる日ですが、信長といえども美濃と長島の両面攻撃はむつかしいでしょうから、美濃攻めは一般に言われている8月18日ではなく、一ヶ月後の9月18日だったのでは、と考える人にとっての論拠となっています。

そして少し離れた白鳥1丁目2-17にあるのが曹洞宗法持寺です。信長が桶狭間の戦いの前に必勝祈願をしたと伝わっている寺で、名古屋市の推進する信長攻路にも入っています。信長の時代は現在の宮中学の場所にありましたが、第二次大戦の空襲で燃えて今は白鳥古墳脇へ移転しています。

最後に旗屋2丁目24-10の臨済宗妙心寺派龍珠寺です。こちらは妙心寺の僧「南冥紹化(なんめいじょうか)」が行脚の途中、熱田の実力者であった西加藤家・加藤延隆(のぶたか)と出会い、龍珠庵を開いたのが始まりです。信秀の頃は、あつた蓬莱軒のあたりにありましたが1664年に移転しました。現在の本堂は空襲を免れており、江戸時代からの柱などがそのまま残っています。南冥紹化は甲斐の武田、美濃の斉藤とも交流があったとされ、信秀にとってはこの人の持つ妙心寺派のネットワークは何かと頼りになったことでしょう。この寺でも幼い信長が学問を学んだようです。
というように、私の講座では信長関連の場所を毎回めぐっています。今年の4月から始まったばかりですので、10月から皆さんもご参加されませんか。10月は信長初陣のあたりから始めたいと思っています。第一回講座(座学)は10月5日午後3時30分からスタートです。参加方法など詳しくは鳴海中日文化センター(0120-538-763)へお問い合わせください。ちなみに鳴海中日文化センターは名鉄鳴海駅前ですから、名古屋駅から名鉄電車で20分ほど、駅からは徒歩1分ですから、名古屋駅からなら栄中日文化センターへ行くより時間的に近いくらいかも。ぜひご参加ください。