水野誠志朗

尾張時代の信長をめぐる 過去記事 

第163回 キムタク信長映画『THE LEGEND & BUTTERFLY』では濃姫がずっと正室のようですが、本当の正室は生駒家の娘だと思います

2022年6月25日久昌寺の生駒家の墓所には一番右側に久菴桂昌大禅定尼の墓が残る昨年から話があった東映70周年記念作品『THE LEGEND & BUTTERFLY』(2023年1月27日公開)の情報がやっと解禁されました。制作費20億円と...
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第162回 豊明市で新たに「歴史民俗資料室」がオープン。古戦場伝説地の現地ガイドとは異なる内容の展示となっていますが、さて…

2022年5月30日「桶狭間の戦いに関して」のみが展示された豊明市の歴史民俗資料室の一室旧暦5月19日、新暦なら6月12日、つまり今から462年前、1560年のちょうど今頃、桶狭間の戦いがありました。毎度ながらこの戦いに関して私は、かぎや散...
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第161回 GWを利用して信長の城を一気に見て回り、その心境を想像してみよう

2022年4月29日岐阜城から岐阜駅方面の眺望。天下を取った気分になれるゴールデンウィークなら、一気に若き信長の城を回ってその城での信長の心情を察してみる、などということもできそう、とこんな企画を考えてみました。勝幡城→那古野城→清洲城→小...
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第160回 水野がわかれば信長がわかると水野が思う、という次第

2022年4月13日水野信元の墓は緒川ではなく刈谷の楞嚴寺にある。簡素な墓碑が寂しい若き織田信長の話では、重要な人物として緒川(知多郡東浦町)の水野信元という人が登場します。信長の父信秀とも友好関係にあり、信長や家康の出世には大きく寄与した...
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第159回 ウクライナならぬ「カサデラ」は大国スルガからの侵攻を受けていた

2022年3月13日長楽寺境内にある旧今川領の立て看板。この橋の向こう側は織田領ということになる明治初期と現代の地図。明治初期の地図なら笠寺が半島状態だったことがよく分かるだろう呼続3丁目の熊野神社にある1766年に松巨嶋と掘られた手洗い石...
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第158回 柴田勝家らが取り囲んだ守山城は、洪水で山が崩れて今の地形となった

2022年2月7日矢田川橋のあたりから北西方面を撮影。右側の緑が守山城址、左側の緑が柴田勝家が陣取ったと考えられる木ケ崎。今は間を矢田川が流れていますが、当時は左右の緑地が地続き、間に守山城の外堀がありました名古屋市守山区の矢田川沿いにある...
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第157回 沓掛城は本当に今の位置にあったのか、現地をもう一度めぐってみた その2

2022年1月11日豊明市の桶狭間古戦場伝説地にあるガイド看板を見ると、ここが沓掛城から近いことがよく分かる。江戸時代の人は納得したことだろうさて、前回、江戸時代の中期ごろになって山崎真人という人が「(戦いの前日に)今川義元が大高へ行ったと...
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第156回 沓掛城は本当に今の位置にあったのか、現地をもう一度めぐってみた その1

2021年12月7日現在は平地にあるこの場所が沓掛城址とされているが、小さいし、防衛するにも立地が良いとは思えない今回は「新説・桶狭間の戦い」のキーでもある沓掛城のお話です。先日、毎月開講している鳴海中日文化センターの「桶狭間以外の関連する...
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第155回 信長時代の名古屋市中川区の古城跡を巡ってみました その2 前田利家が誕生したのは荒子ではない?

2021年11月2日あおなみ線荒子駅前の前田利家初陣の像前回、文化財保護法に基づく「周知の埋蔵文化財包蔵地」として名古屋市が登録している中川区の3つの城跡をご紹介しましたが、そこにどのような信長関連の話があるかを見ております。今回はさらに中...
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第154回 信長時代の名古屋市中川区の古城跡を巡ってみました その1 平姓水野氏の痕跡が…

2021年10月13日助光城の跡と思しき場所にある不思議な城址碑信長の時代の海岸線と、古い集落、古城、その主の関係というあたりが、どうもまた最近、気になってきたので「名古屋市の主な中世城館」というリストからいくつか、名古屋市の中川区内にある...
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第153回 NHK『歴史探偵』に出演しました。桶狭間の通説が少しだけくつがえったかも

2021年9月10日番組で私が最初に登場した場所、桶狭間古戦場公園(名古屋市緑区)9月8日に放送された NHK『歴史探偵』は観ていただけましたでしょうか。番組で私は大高城のお話をしたわけですが、「桶狭間の戦い」に際して、信長は義元が大高城を...
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第152回 きしめんの歴史・後編 江戸時代のうどん屋が「きしめん」という名称を再利用して名古屋名物にした!?

2021年8月4日刈谷にある「きさん」という店の「今昔食べ比べ」1100円。ゴワッと素朴な芋川うどん(右)、ベロンとなめらかなきしめん(左)の両方を味わってみてください信長を離れ、きしめんの歴史をなぜか書いております。前回、信長の時代の日葡...
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第151回 きしめんの歴史・前編 信長の時代に「きしめん」が食べられていた!?

2021年7月7日『邦訳 日葡辞書』(土井忠生・森田武・長南実編訳、岩波書店、1980刊)に掲載されているQiximenの項目今回はいつもと趣を変えまして、名古屋名物きしめんの歴史に関してご紹介します。4年前にきしめんのルーツと思われる「い...
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第150回 定説が覆った!犬山城が建築されたのは1585年と確定。となると金山城移築説が真実味を帯びてきました

2021年6月11日高石垣の上に建つ犬山城。ただし石垣は60年ほど前に積み直されており、建築時の特徴を留めていない「国宝犬山城は金山城の移築(これを金山越という)ではないか」。この話はこれまで何度か書いてきました。木曽川沿いに建つ国宝犬山城...
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第149回 「是等として楊盧木山まて取出」新事実がわかった清洲「中市場の戦い」の現地を歩きます

2021年5月10日名鉄新清洲駅前の商店街にある信長のモニュメント。いくつあるかは現地でお確かめください信長の生涯を描いた太田牛一著『信長公記』。色々なバージョンが有るのですが、その中でも「天理本」と呼ばれるものは、他のものより古い時代の内...